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横浜家庭裁判所 昭和54年(少)1283号 決定 1979年3月14日

少年 N・K(昭三六・一・二三生)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

一  非行事実

司法警察員作成に係る昭和五四年一月二七日付、二月六日付、二月八日付、二月一三日付(二通)、二月一四日付各送致書記載の犯罪事実のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

二  適用法令

刑法一三〇条、第一〇八条、第二三五条、第二二二条第一項。

三  主たる問題点

詳細は少年調査記録を援用するが、本件は少年が中学一年生の少女に恋慕して交際を申込んだところ、その申込のやり方があまりにも非常識なものであつたため、当該少女やその保護者らから警戒され拒否されてしまつたのであるが、少年は自己の非常識で短兵急な行動を省りみるどころか逆にその仕打を恨み、執拗なまでの復讐心に駆られるまま陰険ないやがらせを重ねた挙句、昭和五四年一月三日から同月二六日までの間において、その少女らの住居への延焼を狙つての隣接事務所に対する放火、再度に亙る関係中学校への放火、さらには自己への犯行容凝を他にそらす目的でなされた全く無関係なアパートへの放火など連続五回に亘つて敢行された現住建造物等放火、二回に及ぶ灯油窃盗、さらには関係中学校長、小学校長に対する放火予告、爆破予告を内容とする脅迫の事犯であつて、その行為の公共的危険性が極めて高く、また、その招来した結果も甚だ重大であり、検察官が本件犯行の動機、態様、罪質、結果のほか、少年の年齢、性格等に徴し、そこに同情の余地なく厳しく刑事処分をもつて臨むべきであると主張するところのものも、十二分にこれを首肯しうるところである。ところで、少年の資質は、知能は普通域にあるが、自己中心的傾向が強いため思考は主観的、独善的になり易く、視野狭窄に陥りがちで、誇張的表現など自己顕示の強さと同時にこれとは裏腹の自信欠如、萎縮した自我、不充足感、いらだち、対人的過敏性が存在しており、些細なことにも被害感、不信感を抱き易く、自分のわがままを拒否された場合でさえ相手に対する敵意を強めることがあるが、過去の疎外体験などのため、臆病にもなつていて直接的攻撃に出ることは少なく、代償として弱者への攻撃行動をとることが多いとされ、かかる自分をみじめに思う気持はあるが防衛的に表面を整える傾向があるとされる。人からよく思われたい、よく反省しているものと認められたいという傾向は審判の席上でも顕われており、自己への関心ばかりが強く、人を思いやり共感するなどのゆとりのない状況にあり、社会性が未熟なため適応障碍を来たし易い資質であると思われる。

しかし、これらの資質的な偏りは、少年の生育過程における多くの挫折体験、疎外体験がもたらした失望や不満や怒りが、身近な家庭の場で適切に処理されずに抑圧され蓄積されてきたこと、すなわち、家族的な情緒交流さえ人目をはばかつて抑制せざるを得なかつたような不安定な住居環境や、家族間の心的交流の不足といつた生育条件に多分に由来すること、また、少年が家庭教師やカウンセラー等と密接に接触していた期間は少年の社会適応状況は向上を示し、屈折した問題行動は影をひそめていたこと、少年の適応状況が良好であつたためこれらとの接触が打切られたのちに、従前は問題となつていなかつた異性問題に逢着したものの、家族をも含めて相談相手もなく、性急に接近を図つて拒否に遭い、顕示欲求が阻害されて憤激のあまり性来の視野狭窄に陥り、臆病さのゆえに陰険な間接的反撃となつて顕われたという心情の経路であること、さらには、狭義の精神病は否定されているものの脳波所見に徴すれば、なお、医学的経過観察を要するように思われること、またさらに、審判の席上において、二重人格的な自己のむなしさの克服の原点に眼が向き始めたものと認められること、すなわち、少年は未だ十分にいわゆる可塑性を持つており、非行性が固着しているわけではないこと等を汎く勘案すると、本件の結果はまことに重大であり、とくに放火の被害者らの怒りはまさに察するに余りあるものがあるが、その民事的事後処理は別途考慮されるところであり、また、少年の刑責の追及も十分検討されなければならないことはもとよりとしても、少年は少年なりに既に罪責を覚悟しており、また、少年の保護者が受けた衝撃も深刻を極めている現状に徴すれば角を矯めて牛を殺すの愚を避ける意味からも、この際、より根本的な治療的処遇を講じ、将来とも精神医ないしカウンセラーとの接触が保ち易い方途を選ぶことが刑政的見地からも合目的々であると考える。

よつて少年法第二四条第一項第三号、同審判規則第三七条第一項後段、少年院法第二条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 金末和雄)

〔参考〕 非行事実の概要

一 かねて好意を抱いていた少女に交際の申込みを断られたことを恨み、同女の住むアパートを焼燬しようと企て、昭和五四年一月三日午前一時三〇分ころ右アパートに隣接する施錠された○△会社空事務所に侵入し、同事務所二階の書庫にあつた書類、製図紙等に火を放ち、同事務所二階部分約一七九・八平方メートルを経て人が現に居住する運送会社車庫兼社員寮に燃え移らせ、同寮の二階モルタル外壁部分及び同建物内居室の天井の一部二〇平方メートルを焼燬した。

二 同月四日午前二時三〇分ころから同四時ころまでの間、前後二回にわたり、△△方玄関前に置いてあつた灯油入りポリ容器二個(灯油三六リッター在中、時価二、六六〇円相当)を窃取した。

三、右少女の在籍する横浜市立○○○中学校に放火しようと企て、同日午前三時三〇分ころ前記窃取にかかる灯油を携えて施錠された同校第二校舎に侵入し、同女の在籍する一年○組の教室内に右灯油を散布した上、同校舎入口付近にモップを集めてこれに火を放ち、よつて管理人の現在する同校木造スレート瓦葺二階建第二校舎(延面積六八九平方メートル)の内、一階二教室、二階二教室の約二六四平方メートル(被害額三、〇三八万三、八〇〇円相当)を焼燬した。

四、前記各放火を自己とかかわりのない通りすがりの者の犯行に見せかけるため、再度前記○○○中学校に放火しようと企て、同月七日年前三時ころ同校第三校舎に侵入し、同校舎内階段下物置にモップ、竹ぼうき等を入れてこれに火を放ち、よつて管理人の現在する同校木造スレート瓦葺二階建第三校舎(延面積五五一平方メートル)の内、一階一教室、二階二教室約三〇〇平方メートル及び同校舎に隣接する鉄骨スレート瓦葺体育館の壁面等約三六平方メートル(被害額二、七四六万八、五二〇円相当)を焼燬した。

五、同月八日午後二時二〇分ころから同四時一〇分ころまでの間、前記○○○中学校校長Aに対し、電話を使い「第二校舎の火事は自分が放火した。今までは脅し程度でやつたんだ。今度はまだ燃えていない第一校舎に本格的に放火する。」と告知して脅迫した。

六 同月一七日午前三時五〇分ころ、××方玄関前に置いてあつた灯油約一二リットル入りポリ容器一個(時価九二〇円相当)を窃取した。

七 前記一連の放火に対する捜査が自己に及ぶことを回避する目的で前記少女にかかわりのないアパートに放火しようと企て、同日午前四時ころ右アパート一階空室に侵入し、右窃取にかかる灯油を同室内に散布した上畳に火を放ち、よつて現に人の居住する同アパート内の空室(一九・八平方メートル)の一部五平方メートル(被害額一〇〇万円相当)を焼燬した。

八 同月二三日午前九時五五分ころ、横浜市立○×小学校校長Bに対し、電話を使い「午前一〇時に爆弾を仕掛けた。子供を校庭に避難させろ。」と告知して脅迫した。

九 前記少女の居住する周辺地域に放火してこれを同女及びその家族の所為に見せかけようと企て、同月二六日午前二時五〇分ころ、○○会社工場内の試験室に侵入し、同室内にあつた書類等に火を放ち、よつて人の現に居住する同工場及び周辺の住宅、工場等計一一棟(床面積計約二六七九平方メートル)を焼燬した。

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